出典:日本の歴史①日本史誕生・佐々木高明著・集英社刊
日本史誕生:32~35頁
第1章 日本列島の旧石器時代
2 氷河時代の世界と日本
《氷河時代とその環境》
さて、さきほど更新世は一般に氷河時代とよばれると述べたが、
いったい氷河時代とはどのような時代だったのだろうか。
私はかつてヒマラヤの山地で調査を行ったことがある。
ネパール・ヒマラヤでは、海抜約五〇〇〇メートルをこえる高所の谷間には、
いまも生きている氷河が谷を埋めている。
氷河というのは、
大量の万年雪が長い年月のうちに青氷とよばれる分厚く固い氷に変わり、
それが一カ月に数センチないし数十センチほどずつ、ゆっくり流動するものである。
その動きに伴って氷河は土地を削り、
圏谷(カール)、氷飾谷(U字谷)、堆石(モレーン)など特有の地形をつくり出す。
ところが、面白いことに、ネパール・ヒマラヤでは生きている氷河よりも
高度にして一〇〇〇メートルほども低い海抜四〇〇〇メートル付近や、それ以下の地点にも、
かつての氷河のあとを示すカールやモレーンがいくつも残っている。
つまり、氷河時代にはいまよりも気候が寒冷でも
日本アルプスや北海道の日高山脈にはカールのあとが残っており、
かつてそこに氷河が存在したことがわかっている。
さらに、北西ヨーロッパや北アメリカ中北部の平野部には数百キロ以上におよび、
氷河が運んできたモレーンの列が現存し、
かって大きな大陸氷河がヨーロッパや北アメリカの北部を
おおっていたことが明らかになっている。
現在、大陸氷河は南極とグリーンランドにだけ存在し、
陸地の約一ゼロパーセントを占めるにすぎないが、
氷河時代にはそれは陸地の約三〇パーセントを占めていたという。
このように気候が寒冷化し、氷河が発達した時期を「氷期」とよぶが、
同じ氷河時代でも氷期と氷期の間には気候が温暖化し、氷河が後退した時期があり、
これを「間氷期」とよんでいる。
一般にヨーロッパ・アルプスの氷河地形の研究によって、
氷期には古い方からギュンツ、ミンデル、リス、ヴユルム(ウルム)の
四つがあることは以前からよく知られていた。
ところが、最近ではギュンツ氷期以前にもドナウ、ビーバーと
名づけられる二つの氷期があったといわれている。
しかし、古い氷期の堆積物や地形を区別する作業は非常にむずかしく、
くわしいことがよくわかっているのは
最後のヴユルム氷期(北アメリカではウィスコンシン氷期とよばれる)
だけだということができる。
ヴユルム氷期は約七万年前からはじまり、表2に示したように、
四つの亜氷期があり、その間に三つの亜間氷期があった。
約一万年前には最後の第四亜氷期(晩氷期)が終わり、
それとともに気候が温暖化に向かって「後氷期」となり、現在に至っている。
その間、気候がもっとも寒冷化したのは約二万年前から
一万八〇〇〇年前ごろの時期(ヴユルム氷期最盛期)で、
当時の日本列島の年平均気温は六度前後で、
現在よりも七度ほども低かったといわれている。
当時の東京がいまの札幌、鹿児島が青森の気候と
ほぼ同じだったということになる。
このように気候が異なると、当然のことながら、当時の日本列島の自然は、
現在のそれとすっかり違った姿をしていたはずである。
那須孝悌氏(大阪市立自然史博物館)は、
乏しい資料をいろいろ組み合わせて
ヴユルム氷期最盛期の日本列島の植生のくわしい復元を行っている(図2 )。
それによると、東北地方から中部地方の大部分、
あるいは近畿や中国、四国地方の山地には亜寒帯性の針葉樹林が分布し、
関東、東海地方より西の西日本の低地は針葉樹の混淆した
冷温帯落葉広葉樹林におおわれていた。
また、東北地方北部から北海道の一部には亜寒帯針葉樹林がひろがるとともに、
北海道の大部分は亜寒帯性の疎林におおわれていたという。
ただし、北海道の北半分はツンドラにおおわれていたと考える人も多く、
意見の一致はみていない。
また現在、西日本の自然を特色づける照葉樹林(暖温帯常緑広葉樹林)は、
当時は南九州と南四国の海岸部にわずかにみられるにすぎなかった。
このような自然環境が氷河時代を生き抜いた
旧石器時代人の生活の舞台になっていたわけである。
最近、仙台市で発見された富沢遺跡は、こうした旧石器時代の自然と、
そこで生活した人々の具体的な姿を示すよい例だということができる。
同遺跡の旧石器時代(二万三〇〇〇年前ごろ)の文化層からは、
樹木の大きな根や幹をはじめ、種果や葉や種子、
さらにはシカのものと思われる糞など、
当時の自然環境を示す多くの資料が出土した。
そのころの森林はトウヒ属やマツ属(アカエゾマツが多い)などの針葉樹が多く、
それにカバノキ属などの広葉樹が混じったもので、
草原や湿地がその間にひろがっていたらしい。
また、総計六八点の石器が発見されたが、その大半が集中している場所の中心に、
半径五〇センチほどの炭化材の集中箇所がある。
へラジカやオオツノジカが生息する亜寒帯針葉樹林の一角で、
たき火をとり囲み、石器をつくり、
狩りの獲物に舌つづみを打っていた当時の人たちの
生活の様子が目に浮かぶようである。
「写真8」氷河
現在も地球上には氷河期をしのばせる氷河がいくつか残っている。
ヒマラヤ山系にある世界第2の高峰カンチェンジュンガの山岳氷河。
氷河の両側にモレーンの堆積がみえる。
中尾佐助氏提供。
「表2」ヴユルム(ウルム)氷期(年代単位:千年)
「図2」最終氷期最寒冷期の海岸線と植生(那須孝悌 1985による)
氷河および高山の裸地,草地(ハイマッ帯を除く高山帯に相当する地域)
亜寒帯性の疎林およびハイマツ群落亜寒帯針葉樹林(グイマツを伴う)
亜寒帯性の針葉樹林(中部地方および近畿地方では一部に力ラマツを伴う)
冷温帯針広混清林(ブナを伴う)
冷温帯針広混ン肴林(ブナを伴わない)
暖温帯常緑広葉樹林ぐ照葉樹林)
最終氷期最寒冷期の海岸線
《参考》
【世界史年表1】宇宙誕生から紀元前まで
『参考ブログ』
「歴史徒然」
「ウワイト(倭人)ウバイド」
「ネット歴史塾」
「古代史の画像」
「ヨハネの黙示録とノストラダムスの大予言」
「オリエント歴史回廊(遷都)」
「歴史学講座『創世』うらわ塾」
「終日歴史徒然雑記」
「古代史キーワード検索」
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